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令和5年度 役員道外視察研修

令和5年11月14日から17日の日程で役員道外視察研修が行われ10名が参加しました。
熊本県・鹿児島県・宮崎県を巡り、村商株式会社、宮崎青果株式会社などを視察しました。

14日朝9時40分、飯島組合長を筆頭に役職員の計10名で中標津空港を出発、千歳空港・大阪伊丹空港を経由、阿蘇くまもと空港に到着。天候は晴天、気温は19度と北海道と比べるとやはり暖かく感じられました。
空港から貸切バスに乗り熊本市内へ向け出発すると、途中車窓より阿蘇五岳を眺めることができ、中岳からは噴煙が上がる様子を見ることができました。程なくして熊本市内にあるくまモンスクエアへ。そこには、くまモン部長が週5~6日在室しているのだが我々が訪れた日は在室していない日であったため、残念ながら入口のくまモン像前にて写真撮影。
その後ホテルに入り、夕食はライトアップされた熊本城を見ながら地元料理を堪能しました。

15日 朝一より熊本城へ。
熊本城は政府軍と西郷隆盛率いる薩摩軍との戦い(西南戦争)の舞台にもなった場所であり、一部の建物を残して天守を含む御殿や櫓(やぐら)などを焼失したものの、加藤清正公が心血を注いで築城した熊本城は、薩摩軍の攻撃に耐え防衛力の高さを発揮したと云われています。
昭和31年に坂本主税氏が天守再建を公約に掲げ熊本市長となり、民間からの寄付も受けて昭和35年に鉄骨・鉄筋コンクリート造の熊本城天守閣が完成しましたが、平成28年4月14日発生した最大震度7の熊本地震により、石垣の一部が崩落・重要文化財の長塀の倒壊や、天守・櫓の屋根瓦や鯱(しゃちほこ)も落下する被害を受けました。令和3年3月に天守閣の復旧工事が完了し、現在は天守閣展望フロアより熊本市街を一望出来るようになっています。

その後熊本を離れ鹿児島へ。
昼食を兼ねて源麹研究所 焼酎麹資料館(鹿児島県霧島市)を視察しました。焼酎の瓶をかたどったモニュメントが目印。源麹研究所では、創始者河内源一郎氏が発見した河内菌(麹菌の一種)による天然自然の発酵技術を、環境衛生、免疫抵抗力増強や健康維持に役立たせるために日々研究を続けている所です。
薩摩の芋焼酎はいまや日本全国で愛されていますが、河内氏はこの礎を築いたとも言える人物。
河内氏は沖縄の泡盛の製造法を研究し、黒麹菌の純粋分離に成功。これを用いて芋焼酎を作る方法を南九州の焼酎工場に広めました。現在でも日本の焼酎メーカーの約8割以上が、研究所より種麹を買って焼酎を製造しているとの事です。現在の社長である三代目山元正博氏が、現在の場所にテーマパーク「GEN」をオープン、その後地ビール製造免許を取得し「霧島高原ビール」を製造・販売し、「GEN」のトップセールス商品となりました。当然昼食時には「霧島高原ビール」でのどを潤したことは云うまでもありませんが。

バスは鹿児島を南下し、知覧特攻平和会館(鹿児島県知覧町)へ。
ここは第二次世界大戦末期の沖縄戦において特攻という人類史上類のない作戦で、爆弾を装着した飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をした陸軍特攻攻撃隊員の遺品や関係資料を展示しています。
戦争という悲劇を二度と起こしてはならないという情念で、遺品・資料を遺族の方々のご理解とご協力により展示しており、展示品の中にこれから出撃するであろう特攻隊員が両親などにあてた手紙も展示されており、何とも言えぬ感情に駆られました。現在も世界の各地で戦争・抗争等が起こっていますが、知覧の平和会館と同様の建物が建設されることが無いよう願うばかりです。

16日 フェリーで桜島港へ。
天候は薄曇りであるが、鹿児島港でフェリー上船待ちの間に噴煙を上げている桜島を見ることができました。フェリーで25分後、桜島へ到着し有村溶岩展望所へ向かう。青空にも恵まれ近くで見る桜島は噴煙を上げ雄叫びを上げているようでもありました。
一時間ほどバスに揺られ、村商株式会社(新村畜産:鹿児島県肝付町)に到着し視察しました。
新村畜産では、東京に本社を置くデザミス株式会社で事業展開しているシステム(U-motion:ユーモーション ※牛の行動モニタリングシステム)を導入した飼養管理を実施しています。
子牛から成牛(肥育)まですべての牛に対応し、疾病傾向から発情・分娩兆候、採食時間、横臥時間などが管理され、牛に異常があれば従業員の携帯にアラームで知らせて、牧場を離れていても手元の携帯で確認できるシステムとなっています。
ここでは、和牛哺育から肥育・販売と一貫体制を取っており、直営の飲食店舗をはじめ、食肉の国内販売と台北などへの輸出も手掛けております。飼養頭数は約2,000頭で、うち外部への育成預託が2件で300頭程飼養管理されているとのこと。我々が訪問した日は肝属中央市場のセリ市場日(15日から3日間開催)と重なっており社長は市場で不在だったため、田中総務課長が対応していただきました。新村畜産の牛舎はすべて木造となっています。肝付町の木を使用し、加工は地元の製材所に委託し、製材の際に出るノコクズは敷料にしておりました。牛舎内では常に有線(Jポップ)を流し、普段から大きな声に慣れるよう工夫しており、哺育以外の畜舎は、給餌場は牛床と段差をつけ、飼槽も斜めにして餌寄せをしやすくしていました。従業員のうちベトナムからの技能実習生を13名受け入れしており、部屋はコンテナを改良して一人一部屋が与えられていました。昼食は直営店にて摂り一路宮崎へ。

17日 最終視察地である宮崎青果株式会社へ。
平島部長の案内により市場内を見学させていただきました。宮崎青果へ当JA産の大根・ブロッコリーを出荷していますが、今年は夏場の酷暑の影響により品質が劣化、思うように出荷できず、単価的にも前年割れが続く厳しい年でしたが、9月に入り気温も落ち着きようやく良質な大根を出荷することができました。中標津産の大根は7月より出荷開始し10月下旬で出荷を終了、現在は地元宮崎産の青首大根が出回っており、その他の野菜も今時期は宮崎産野菜が多く出ていました。
その後2階会議室に場所を移し少しの時間ではありましたが懇談させていただき、神野専務より毎年のような異常気象、資材高騰等生産者の方々には大変苦労されていると思う。荷受人としても最大限の協力と、精一杯の販売努力をしていきたいのでよろしくお願いしたい、飯島組合長からはこれからも良質な農産物の出荷に努め良好関係を続けていきたいと双方で確認いたしました。
宮崎青果をあとにし、バスは宮崎ブーゲンビリア空港へ。
4日間お世話になった宮崎交通の運転手に挨拶を済ませ、宮崎の地を離れ羽田空港へ。ここで飯島組合長以下4名が所用により離脱。他6名は新千歳空港が強風のため引き返す可能性のある条件付き運航との事でしたが、何事もなく千歳空港へ到着し、無事中標津への帰路につきました。
今回初めて視察研修に参加しましたが、人との繋がりが大事であると感じられた研修となりました。また、快く視察を対応していただいた村商株式会社、デザミス株式会社、宮崎青果株式会社の皆さまに感謝申し上げるとともに、大変有意義な研修であったことをご報告いたします。
研修に参加された皆さんお疲れ様でした。

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